学部の同僚であるところの斎藤光さんより、ご著書『幻の「カフェー」時代 ── 夜の京都のモダニズム』(淡交社)を頂戴しました。ありがとうございます。
1910〜30年代の京都でカフェーが隆盛した風景を、現在の地図とも重ね合わせながら丹念に描写しており、京都在住者にとっては想像しながら読みやすい。
以下、参考になったこと。
日本で実際にカフェーが開店する前から、カフェーという文化ジャンルのようなものが、期待というかたちで共有されていた。それだけなら一種の舶来志向のようにも見えるが、結果として既存の店舗が「カフェー」と読み替えられることで「京都最初のカフェー」が誕生している。このプロセスは他の様々な事象とも比較できそう。
カフェーの全盛期、客の間で女給は個人単位で認知されていた。カフェーというとモダニズムを謳歌する場という先入観があったが、女給人気投票をはじめ、男性中心の文化の中でかなり下世話に受容されていたことが分かる。この点だけ見ると、少し前の時代の娘義太夫も思い起こされる。
喫茶店は1930年代、大恐慌から日中戦争にかけての時期に、いかがわしいカフェーから差別化された健全なものとして、カフェーと入れ替わるように浸透した。現在ではまったく別のものに見えるようでいて相互に差別化している構図は、音楽のジャンル史(例えばディスコとクラブ)にもよく似ている。
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