2014年の私的まとめ

 去年の冬休みに一念発起して WordPress を導入したのに、まったく記事が溜まる気配が無い……。とはいえ先月からぼちぼち告知など載せるようにしているので、来年はぼちぼち活用していければ。というか、ここで告知するような仕事をしないといけない。

数年来の仕事がまとまる

 今年はこれというアウトプットを出せなかったが、僕が京都に来る前から手掛けている二つの仕事で目処が立った。どちらもゲラが出るところまで至った。
 一つは中川克志さん(横浜国立大学)福田裕大さん(近畿大学)との共著による『音響メディアの歴史』。レコードの歴史などについて書く時にあちこちから参照していたような話を一冊に凝縮しようというねらいから出発していて、教科書として作っているので斬新な議論などはしていないが、その分使い勝手は良いのではないかと。
 特にこだわったポイントは2点ある。これまでエジソンのフォノグラフ(あるいはせいぜいフォノトグラフ)から始まりがちだったこの種の話を「近代における音に対する認識の変化」から説明しているところ。そして、メディア史を単なる工学的発展の歴史としてではなく、技術が社会に取り込まれていく過程として記述しているところ。前者は視覚的表象の研究、後者はメディア研究全般で重視される観点だけれども、音響メディアに関して19世紀から現在まで一冊にまとめておくことは必要なステップだと思う。
 もう一冊は、やはり中川さんと金子智太郎さん(東京藝術大学)と手掛けた Jonathan Sterne The Audible Past: Cultural Origins of Sound Reproduction の邦訳。2003年の出版から程なく一部界隈で熱く語られ、翻訳企画もかなり前から存在していたが、本気で動いたのはここ数年。毎週スカイプ会議を開いて訳文を5、6ページずつ読み合わせるという手間暇をかけて[1]ついに訳が仕上がった。
 この本の魅力は、「電話やフォノグラフが音の再生産を可能にした」という従来の理解を反転させて、そのような音の再生産という発想がどのようにして可能になったのかを問うている点にある。上記『音響メディアの歴史』の一つ目の特徴も、この議論に拠るところが大きい。ハイファイ論などやってみたい人にとっても必読でしょう。缶詰や遺体防腐処理と民族誌的録音を並べてみせた章などもあって、とにかく読んでいて刺激を受ける。
 来年はこの2冊をただ刊行するだけでなく、何かキャンペーンを打って相乗効果を狙いたいという話になっているので、その際にはよろしくお願いいたします。

ひたすら大学にいた

 京都精華大学に移って2年目。専用の校舎も完成し、赴任前から練られていた音楽コースの理念にもようやく実体が伴ってきた。特にスタジオは待った甲斐があった。何というか、スタジオにいればいただけ耳の感度が良くなる
しかし同時に、一般に想定されるような教育研究業務には収まらない仕事が膨大に増えた。秋に入った辺りからようやく、個々の案件について何をどう動かせば上手くいくかが見えつつある感じ。
 現状では教員というより、小さな工房か何かのマネジメントを担当しているといった方が近いかもしれない。もっとも、個人的にそういう働き方は別に苦ではない。というか、音楽教育の方向性は環境に大きく依存するので、場をデザインするための業務は教育活動とほとんど切り離せないと思う。とはいえ物理的にこなせない量の業務を負ったところで誰の益にもならないので、より合理的に働くことを来年の抱負としたい。
 結局のところ、大学を面白くするためにも運営面をしっかりさせないといけないと痛感した一年だった。もちろん、大学を営利企業のようにとらえても齟齬が生じるに違いないが、大学らしさをキープする余地を保つためにこそ、組織として健全であることは重要であるはず。


Notes:

  1. 一人が担当した訳文を事前にgoogleドライブで共有し、他の二人が付けたコメントを担当者が修正し、直しきれなかった分をスカイプで話し合う、という手順を毎週繰り返していた。結構ノウハウも溜まった気がするが、もう一度同じことをしろと言われてもできる気がしない。

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